日本の大学を取り巻く環境は、今後ますます厳しくなると見込まれています。少子化が進み、大学進学年齢層の人口も減り続けています。2040年に向けて、多くの大学で定員削減や学部・学科の再編、大学間の統合が進み、閉学に至る大学も出てくると予測されています。政府の試算では、私立大学の約3分の1が深刻な経営難に陥る可能性があるとされています。
大学が大きな経営課題に直面していることは事実です。しかし、そのしわ寄せを労働者の収入減という形で押し付けてよいわけではありません。
学生数が減る。学部やカリキュラムが再編される。すると真っ先に、非常勤講師の担当コマが削られる。多くの大学で、こうした対応が繰り返されています。
最初は1コマ、2コマの削減かもしれません。しかし、コマ数の削減はそのまま収入減につながります。それが何年も繰り返されれば、安定しているように見えた仕事でも、やがて生活を支えられないものになってしまいます。
その一方で、授業準備や学生対応に求められる水準は変わりません。教員はこれまでと同じ専門性や柔軟な対応を求められながら、収入だけを減らされていくのです。
昨年、巣鴨中学校・高等学校では、担当授業数を14コマからわずか4コマに減らされた教員が裁判を起こしました。この事件は、ゼネラルユニオンが長年にわたって警告してきた問題をはっきりと示しています。学校や大学が経営上、運営上の問題に直面するたびに、そのしわ寄せを非常勤講師に押し付けるケースが後を絶たないのです。
もちろん、これは巣鴨だけの問題ではありません。
全国の大学で働くゼネラルユニオンの組合員も、同じようなコマ削減に直面しています。大阪公立大学では、何年にもわたって「たった1コマ」の削減が繰り返されてきました。大学側にとっては小さな変更に見えるかもしれません。しかし、教員にとっては、一つひとつの削減が確実な収入減です。積み重なれば、年間収入に大きな影響が出ます。
今後、大学業界の縮小が進めば、こうした問題はさらに増えていくでしょう。学生数の減少に応じて、授業編成や人員配置を見直さなければならない場合もあります。しかし、その経済的な負担を、立場の弱い非常勤講師だけに背負わせることが当然であってはなりません。
大学側にも、コマ削減以外に検討すべき方法があります。業務分担や管理コスト、予算の使い方、賃金制度を見直すこともできます。授業数を減らさざるを得ないというのであれば、非常勤講師の収入水準をどのように守るのか、本人や組合と協議すべきです。
非常勤講師の収入を削ることは、少子化によって自然に起きる避けられない結果ではありません。大学側が選んだ経営判断です。そして、労働者が黙って受け入れなければならないものでもありません。
ゼネラルユニオンは、この問題にさまざまな形で取り組んでいます。
団体交渉では、組合員の担当コマ数と収入水準を維持するよう大学に求めています。大学がコマ削減は避けられないと主張する場合でも、一方的に「来年度は授業がありません」と通告して終わりにするのではなく、労働者と組合に説明し、交渉するよう求めています。
必要な場合には、法的な手段も取っています。巣鴨事件で問われているのは、無期労働契約を形式上維持しながら、担当授業数と収入を大幅に削減することが許されるのかという問題です。ほかの教育機関でも、同じような扱いを受けた組合員が法的対応を検討しています。
また、ゼネラルユニオンの「HOOK(Hands Off Our Koma)」キャンペーンでは、コマ削減が決まってしまう前の段階から大学に働きかけています。大学の枠を越えて教員同士がつながり、コマ削減に関する情報を共有し、早い段階から要求を出すことで、経営上の負担を非常勤講師のコマ削減で処理しようとする大学側の姿勢に対抗しています。
無期労働契約も、雇用を守るための重要な手段です。無期労働契約に転換することで、使用者が雇止めという形で簡単に雇用を打ち切ることは難しくなります。
しかし、本当の意味での雇用の安定は、形式上の雇用だけを残せばよいというものではありません。契約期間の定めがなくても、担当コマと収入を少しずつ削られ、仕事の中身を空洞化されてしまえば、安心して働き続けることはできません。
だからこそ、コマ削減が既成事実になる前に声を上げることが重要です。大学側は「一時的な削減だ」「たった1コマだ」「やむを得ない」と説明するかもしれません。しかし、一度受け入れられた削減は、次の削減をさらに容易にします。
日本の大学が少子化に対応していかなければならないことは事実です。だからこそ、教育の現場を支えている人たちを守ることも、その対応の一部でなければなりません。担当コマを一つずつ削り、教員の収入と生活基盤を少しずつ奪っていくようなやり方を、当たり前にしてはなりません。
