「29.5時間ルール」の簡単な歴史
1980年、当時の厚生省・社会保険庁はある内かんを作成した。そこには、財政的及び人的制約を考慮し、その労働時間が「通常の就労者の労働時間のおおむね4分の3以上である就労者については、原則として健康保険及び厚生年金の被保険者として取り扱うべきものである」と書かれていた。
この内かんが業界に広まると、これを見て、日本中の数多くの不誠実な企業は、その不徳な目的のためにこれをどう捻じ曲げて使おうかと、喜んだ。
結局彼等は以下のような「論理」を作り出した。
社会保険は高額だ。従業員と同額を負担しなければならないとすれば会社はお金を持ち出さねばならない。
例えば、従業員一人の毎月の社会保険料が35,000円だとする。すると会社も同じ35,000円払わねばならない。だから、会社の負担額は「この金額×従業員数」となる。
ALTの派遣会社は考えた。この内かんを社会保険の負担義務を逃れるのに何とか使えないか、と。会社は加入資格を持つ従業員から社会保険料を徴収する。しかし会社側は……。
そして会社は次のようにした。
厚生省・厚生労働省・社会保険庁(現在は日本年金機構)が法を厳格に適用するのが「通常の就労者の労働時間の4分の3以上である場合」だとしているので、ちょっとした計算をして、問題を起こすことなく法を侵犯することにしたのだ。
「捕まらなければ犯罪ではない」の原則を用いてこう決めた。
「通常の就労者の労働時間は週40時間だ。だから、労働時間が30時間未満、例えば29.5時間の労働者については、『この労働者は社会保険加入基準を満たしていない』のだから、会社はどうすることもできない。法は法なのだから。自分達がどうこうすることではない」と。
こうして、会社は従業員一人当たり35,000円の社会保険料の支払い義務を逃れ、従業員を社会保険から閉め出し、本来の会社負担分のお金を手元に残したのである。
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よく知られたウソとペテン
この話はインタラックのような派遣会社やベルリッツのような英会話学校で働いたことがある人であればみんなすぐわかるに違いない。この手の会社はこの「29.5時間ルール」を最大限採用し「活用」してきたために、たいていの外国人は実際にこれが法律だ、会社の言うことは本当だと信じている。
実際はそれはウソである。この話が積極的に広げられてきたために、多くの日本人までもがこれが本当だと信じているのだ。
これは最大級の詐欺なのであり、そしてこれを実行している会社は処罰を逃れている(その会社で働く人々の犠牲によって)。その原因の大部分は、日本年金機構が(そして、日本政府全体が)法の執行に極めて関心が薄く、また、そのために深刻な被害が労働者に及び社会保険制度そのものが打撃を受けている状態を改善することにも至って消極的なことにある。そのために、法の執行を通じて想定されていた保険料も徴収できていないのだ。
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速度制限の例
考えてみよう。
最高速度が時速50キロに制限されている道路があるとしよう。
日本年金機構が警察である。その任務は、この道路を車で通る人々が設定された制限速度以上で走らないようにすることである。
だが、この道路は通行量が非常に多いにも関わらず、法を守らせるために動ける警察官は2名でバイクは2台しかない。
制限速度は時速50キロだが、とてもたくさんの人がそれ以上の速度で走っている。
さあ、警察は何ができるだろうか? 警察は、この制限速度時速50キロの道路を時速60~70キロで走っている人を追跡するのではなく、時速80キロ以上で走っている人「だけ」を追跡すると決める。
インタラックやベルリッツのような会社は、時速「50~80キロ」の範囲に注意深く留まる。そうしておくと、警察は捕まえに来ないことを知っているからだ。そして、実際にそうなのである。会社が法を破る、だが日本年金機構はその会社を追求しない。政府は法を厳しくすることはせず、そして、みんなが被害を被る。
(そうそう、ここでの「みんな」には、犯罪を犯した者達は含まれない。彼等は楽しい時間を過ごすのだ。)
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ゼネラルユニオン対日本政府
ベルリッツが労働者の労働時間を「基準以下」に減らし、この労働者を社会保険から閉め出し、自らの負担分を自分の懐に入れておくことが容認されたのは、このようにして法が実際に執行されなかったからである。このことが、ゼネラルユニオンが政府を相手取って訴訟を起こし、法に違反している会社を見逃したことに責任がある、と認めさせた主な理由なのである。そして、身体の大きさからいえば「一寸法師」の話のようなことが起こった。「弱者」が「強者」に勝ったのだ。
正確に理解されていなかった方のために確認しておく(メディアが大部分を無視したために多くの人々もそうだった)。ゼネラルユニオンは日本政府(日本年金機構を通じて)とインタラック(代理人を通じて)と法廷で対峙したのである。インタラックは我々の組合員を社会保険に加入させなかった件で、日本政府はインタラックのような会社に法を守らせることを怠った件で。
上に述べたベルリッツの件とは異なり、組合員は裁判の中でこの「29.5時間ルール」問題を取り上げ、「インタラックの希望的観測とは関係なく、私は週30時間以上働いていて、従って、会社は私を社会保険に加入させるべきだった」と主張したのである。
もしインタラックが主張するように「30時間基準」が「法」だったのならば、訴えは即刻退けられたはずであった。
ゼネラルユニオンは上で説明したように、「この『30時間基準』は完全に文字通りの虚構であって何の法的根拠も有しておらず、全ての労働者はその労働時間に関わらず、『法に従って』社会保険に加入させるべきだ」と主張した。
当然、インタラックと日本年金機構のどちらもが一切の責任から逃れようとしたが、判決では、ゼネラルユニオンの一貫した信念の正しさが法廷で確認されることとなったのである。、
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画期的判決
この判決についての記事はゼネラルユニオンホームページの記事(「非正規の社会保険加入訴訟―国に勝訴」)で読める (判決文の要旨も)。 この困難な末の勝利の核心は以下の点にある。それは、ゼネラルユニオンが法的観点からも含めて以下の点を明らかにしたことにある。日本年金機構は、そして日本政府も含めて、現在でもそうなのだが、社会保険法を執行するこを怠り、完全に失敗しており、不徳な会社が外国人と日本人の労働者からの搾取を続けることを可能にしているという意味で、これらの会社の共犯者だということである。
この判決についてはご存じなかったかも知れない(メディアは十分には報道しなかった)が、これは上述したベルリッツの前労働者による訴訟のような件にも影響を及ぼしており、このベルリッツの前労働者による訴訟への判決もまた同様に、利益を得てきた会社側より被害を被った労働者側に有利な判決が出される道を拓いた。
ゼネラルユニオンが日本年金機構に(そして、社会保険法を日本の会社が見せびらかしながら利用することを容認するウソに)勝訴して以降、少しずつ、流れが生まれ強まっている。この流れが更に強まり続け、日本政府も日本の人々も、紹介したようなひどい弁解や目に余る法侵犯を見過ごさないようになることを我々は心から願う。
微かなさざ波も大波を生み出すことができる。さざ波が成長し、ある日、多くの日本の産業を蝕んでいる腐敗を洗い流すのである。
その日、我々は誇らしく言うだろう。石を投げ入れてさざ波を作ったのは我々だったのだ、と。
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